「◯◯◯と、サーフィンと、どっちが大切なの?!」 「馬鹿な質問をするんじゃない!」
闇の中に、波の音が轟いた。
落ち着かなかった。独りでいると、明日と、そのあとのことを考えそうで嫌だった。が、アニタのそばにはもっといたくなかった。
ピートと話でもすれば、気がまぎれるかも、・・・。
太郎は丘の小径を静かにのぼった。
ピートの家の焼け跡は、すでに草が何重にもおおっていた。その草の一画をなぎ倒して、テントが張られていた。ランプの光に内側から照らされて、それはポッと暗闇に浮かんでいた。
「逃げましょう!」
太郎が二人に呼びかけようとしたとき、中からヘスーサの声がした。それは、押し殺したような低い声だったが、薄い布を通って外に漏れてきた。
「警察は、私が、今、ここ、ラ・プンタで、こうしていることぐらい、すでに知っているにきまってるわ」
「ああ、奴らは知っているだろう」
ピートの声には、どこか怒っているようなところがあった。
「今、この瞬間に、警察が踏み込んできてもおかしくないのよ」
「わかっている」
「さあ、支度をして。テントをたたみましょう。ポチュートラまでたどり着けば、仲間の車でチャパスまで送ってもらえるわ」
「・・・」
「ピート、あなたの気持ちが解らないわけじゃないわ。明日が特別な波の日だってことは、知ってる。あなたがそのためにここに戻って来たことも、十分承知してるわ。だけど、状況が、状況なのよ!」
「・・・」
「サパティスタの戦いと、サーフィンと、どちらが大切なの?!」
「馬鹿な質問をするんじゃない」
「じゃ、早く準備して」
「ああ、・・・。ヘスーサ、悪いが、ジョイントで一服させてくれ。それくらいの時間はあるだろう?」
テントの中で物音がして、ピートが外に出てくる気配がした。
太郎はあわてて小径を駆け下りた。太郎が草を踏む音を警察と勘違いしたのか、テントの中の明かりが消えた。
・・・、・・・。ひどいよ、ピート! ひどいよ!
ピートは逃げるのかよ。
尊敬してたんだぞ、ピート。それを、こんな風に裏切るなんて!
雲が流れて、大きな月があらわれた。
ラ・プンタが、さっと明るくなった。
明日は、満月か、・・・。
波が、もっと大きくなるぞ。
満月と新月の時に、潮の干満の差が最大になる。これが、うねりに作用する。
そうだ。
太郎は自分の言った言葉を思い出した。
ピートとは関係ないんだ。
「僕は、一人ででもニュージーランダーに乗るよ、ピート」
太郎は丘を見上げた。
月明かりに、木を縄で結わえただけの十字架が見えた。
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キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)