このビーチ・ブレイクは、伝説のチューブ。三メートルの高さからテイク・オフし、落ちていく先が水深50センチ。
メキシコの四月は夏だ。太陽が北回帰線に寄りはじめて、ラ・プンタに入ってくるうねりもその大きさを増してきた。南半球が冬にむかうからだ。
太郎はほとんどの日をラ・プンタで過ごすことができたが、それでも波のない朝はビーチ・ブレイクへ歩いた。パコロロの建物の下を通るのは、彼にばったり出くわしそうで嫌だった。「メキシコの伝説」が生活のために観光客に媚びを売らねばならないのなら、そっとしておいてあげるのが礼儀だと思った。ただでさえ、死んだイルカやドナのような目をして自分のすることに目をつぶっているのだ。それをじろじろと見つめる権利は、太郎にはない。
プエルトのビーチ・ブレイクは、いつだって難しかった。波のピークがどこに来るのか微妙な判断がつかなかったし、小さなうねりと思って岸を振り向くと海が掘れてそこは三メートルの高さだった。
ここはホロウだって、パコロロは言ってた。
波が立ち上がるとき、水が吸い上げられて海の底がむき出しになる。粘土質の赤土が岩と同じ働きをして、まるでリーフのような波だ。地面に叩きつけられたら、その衝撃は計り知れない。膚を引き裂く珊瑚こそ無いものの、運が悪ければ骨の一本や二本は覚悟しなければならない。ボードが折れることなど日常茶飯事だ。折れたボードを修理して生計をたてている男がいるくらいだった。
そして、こういった知識が恐怖を生む。
赤土が溶けだして水が茶色に濁っているときは、波が海の底を砕くほど力が強い、ということを太郎は知っている。三メートルの高さからテイク・オフして、落ちていく先の水深は50センチだ、ということも知っている。それを知った上で、波の切っ先から真下を見下ろさなければならない。
その恐怖に勝った者だけが、チューブの世界に入っていける。
オフ・ショアの風に支えられて波の先端がアーチを描く。水が作った樽(バレル)が閉じるとき、波は突風を作って中のサーファーを吹き出す。
パコロロは凄いよな! こんなのに平気で乗ってしまうんだから。
バレルの中にいるときはどんな気分なんだろうか、と太郎は考えてみる。その中でも退屈だって、パコロロは言ってた。
そんなの信じられない!
と太郎は思うのだが、自分はそこに行ったことがなく、パコロロはその空間を知りつくした人間だった。
空っぽって、そういう意味なのだろうか、・・・?
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キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)