久しぶりのスウェルには、他のことをすべて忘れさせる魔力がある。長いフラットの日々がやっと終った。
久しぶりのスウェルには、他のことをすべて忘れさせる魔力がある。
長いフラットの日々がやっと終わり、待ちに待った波がたったのだ。
朝起きて沖から来る白い波を見たとき、うれしいと感じるまえに、太郎は不思議な光景でも見ているような気がした。あまりに永くフラットが続いていたので、もう二度と波なんて立たないんじゃないかと思いはじめていたからだ。
しばらくラ・プンタの岩場で崩れる波を眺めているうちに、腹の底から喜びがこみ上げてきて、
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」
と大声で笑ってしまった。
もちろん太郎は、朝飯もそこそこに、海に走った。
ショア・ブレイクを抜けるときに波は背中をしたたかに打ったが、太郎は少しも気にならない。かえって、心地良く感じたほどだ。
やっぱり、海には波がなくちゃだめだよ!
波が崩れそうになったら、ボードを水中に押し込む。全体重をそれに預けて、水に潜る。頭の上を波が通りすぎたら、水面に浮かび上がる。
ダック・ダイブが一つきまっただけで、サイコーの気分だ!
海水の温度もほのかに上がったような気がする。
冬が終わったんだ。
太郎は「ロケット発射台」へと急ぐ。
波は決して最高の日の波とはいえなかったが、それでも人の肩ほどの高さがあり、今の太郎にとって楽しいサイズだ。
簡単にテイク・オフして、ボトム・ターン。
一度だけトップ・ターンして終わりだが、それでも満足だ。
小屋から、足がまだ治らないレヒーノが出てきた。木の枝を杖にして、当て木をあてただけの左足を砂に引きずりながら歩いてくる。
海岸の貧相な日除けの下に腰をおろし、レヒーノは太郎の姿をうらやましそうに見つめた。
しばらくして、アニタも浜におりてきた。
太郎はそれに気づいて、インサイドまでひとつ波に乗ると浅瀬に立った。
「アニタ、貸してやるよ」
太郎はサーフ・ボードを差し出したが、アニタは受け取ろうとしなかった。
「どうして? 久しぶりの波なのに」
「サーフィンは危ないから」
アニタはパラパの下のレヒーノを横目で見た。
「それに、母ちゃんが『女はサーフィンなんかするもんじゃない』って。・・・。だから、タロウがやってるのを見るだけでいいの」
アニタは、いつものTシャツ一枚だけの格好で水の中に入ってきた。
初めてラ・プンタで出会ったときと同じ姿だった。
何が変わっちゃったんだろうか?
太郎はそう思わずにはいられなかった。
ナビダいらいアニタはボードに手を触れていない。
本気で、もう波乗りをしないつもりなのかな?
アニタが波と完璧に一つになって滑るのがもう見られないかと思うと、すこしさみしかった。それほど波に乗るアニタは美しかった。
でも、こんな気持ちのいいものをやめられるなんて、やっぱりアニタはどうかしてるよ。
波をひとつメイクするたびに、太郎はそう感じた。
アニタはいつのまにか小屋に戻ったようだ。浜には、レヒーノが一人残っていた。そのレヒーノも、やがていなくなった。
太郎は朝から陽が沈むまで海にいた。気がついいたら、昼を食べるのを忘れていた。
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キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)