「ナビダ(クリスマス)のプレゼントだ。これは無料(タダ)にしといてやる」 長いキスのあと、彼女が言った。
「慌てるんじゃないよ。落ち着きな。・・・。で、アタシとそのコを取っ替え引っ替え抱きながら、話をするんだ。
『やっぱり仕事の話は、女の腹の上に限りますな』
眼鏡のハポネスが言う。出っ歯から息が漏れるんで、へんてこりんなスペイン語さ。
『はい、女の上に限ります』
ピーナツ農園が、もう一人の女にまたがりながら相づちを打った。
『ところで、セニョール・ホアキン、あの話は聞きましたか?』
ハポネスはアタシの体なんか見てやしない。ただ話をしやがる。
『シー、タカハシさん。ハポネスの噂はすぐに届きます。サーフィンをするハポネスなんて、いままでオアハカに来たことなんてなかったから。だいたい、すごいじゃないですか、あのラ・プンタの先から浜までですよ』
『すごいといえば、すごいんですけどねえ』
『あんな大波の日に沖に出るだけで、立派なのに。・・・。いったい何キロぐらいの距離、乗ったんでしょうね?』
『私には見当もつきませんよ、セニョール・ホアキン。それにしても、あの男には困ったもんです。家族も捨て、仕事も捨てですからね』
その話を聞いて、アタシには、ピンときたね。
あいつだ!
お前の親父のことだ、とね。・・・。あの大波の日は私も覚えてるよ。あんな大きな波はめったに立つもんじゃないからさあ」
やぶにらみはメスカルをぐいと飲み干した。
酔いがまわってきて、太郎は顔が熱くなっているのを感じた。
「そう言われて、よく見てみれば、お前もあいつに似てイイ男だよ」
急に、やぶにらみが太郎を抱きしめてキスをした。
太郎は息ができなかった。酔いが手伝って、頭がクラクラしてきた。
「ナビダのプレゼントだ。これは無料(タダ)にしといてやる」
長いキスのあと口を離すなり、やぶにらみがそう言った。
その夜のことで太郎が覚えているのは、そこまでだった。
トップ » 第三章 少年サーファーは、少女がオンナに、自分が大人になることに耐えられるか? » 39 無料のキス
キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
ホーム / 第一章 / 第二章 / 第三章 / 第四章 / 第五章 / 作者から、みなさんへ / リンク
小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
Copyright(C) Naoto Matsumoto All rights reserved.
旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)