「ナビダ」は、スペイン語でクリスマスのこと。
クリスマスのことをスペイン語で「ナビダ」と言う。
ナビダが近づくにつれて、やぶにらみの深夜の帰宅がより騒々しいものになってきた。車の音が聞こえてきて、それが女の家の前で止むと、今度はしわがれた歌声が轟きをあげた。
タ、ラッタ、ラッタ、タ、タ、ラッパ、パン、パン。・・・。
「オー、ミ・アモール」
そして、村中に響くようなキスだ。
「ベサメ! ベサメ!」
やぶにらみの酔った吐息が、臭ってくるようだった。
太郎はハンモックの中で耳をすましていた。エンジンの音が彼方からしたときには、もうすでに目を覚ましていた。毎夜のことだからである。
車が再び音をたてて帰っていってしまう夜もあったが、そのまま朝まで止まっていることもあった。車が残った夜には、太郎は眠ることができなかった。押し殺された笑いと、噛みしめられた悲鳴に似た声が、太郎を苦しめた。
そのどちらの夜が明けても、やぶにらみが朝早く起きるということはなかった。太陽が天頂にのぼりつめる頃ゆっくりと起き出してきて、子供たちと水遊びをした。
朝方車が去っていった日は、やぶにらみの黒い水着姿に目がいって太郎はしかたがなかった。
そんな日の遅い朝のことである。
太郎がラ・プンタで波乗りをしていると、アニタがやって来た。自分と遊びたいのかなと太郎が思っていると、アニタは沖に出てこなかった。岩場で子供を遊ばせていたやぶにらみのもとへ行き、何か話をしている。
潮が引いているとき、ラ・プンタの岩場は歩いて抜けることができる近道になった。パドル・アウトするのが面倒なら、この岩の間を通れば良かった。
別に、わざと、そうするわけじゃないんだ。
自分にそう言い聞かせて、太郎は二人のそばを通った。
アニタはチラリと太郎を見たが、そのまま話を続けている。
「もうすぐ、ナビダだからね。でも、アニタがねえ」
やぶにらみの声が聞こえた。
「母ちゃんに何か買ってあげたくて、・・・」
「へえ、アニタも立派なことを言う年になったんだねえ。いつまでも、子供だと思っていたけど」
「だけど、アタシはお金を持っていないから、・・・。どうしたら、お金が手にはいるの?」
「ふーん、・・・。簡単にはいかないけどねえ。・・・。アニタも、もう大人か、・・・」
太郎に聞こえたのは、ここまでだった。
岩場の終わりからは、テイク・オフ・ポイントはすぐの所だ。ただ、そこが波の崩れるインパクト・ゾーンだから、注意が必要だった。タイミングを誤ると、「ロケット発射台」の脇の岩に叩きつけられることになる。
太郎は波のインターバルを充分に見定めて、沖に出た。
冬が来るのかあ。
水温がわずかながら下がるにつれて、波がだんだん小さくなっていくような気がした。
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)