スピードが命だ! 加速こそが、綺麗なターンを生んでくれるんだから。
今日はトップ・ターンだ。
これは、決して難しい技術ではない。いったん波のボトムに落ちたあとで、再び波の頂きにのぼったボードをもう一度下に向けてやるテクニックである。上を向いたボードは、ちょっとテールにキックを入れてやると簡単に方向を変える。大切なのはむしろこの直後で、きちっとボードの縁 を使ってターンしなければ加速しない。ボードの上での姿勢と体重ののせ方が重要になる一瞬だ。
スピードが大切なんだ! スピードこそが、次のターンを生んでくれるんだから。
この瞬間、太郎の「心」の状態が「体」の姿勢と一致する。
波の高みからの落下をを恐れずに、顔を底にむかって突き出すことができれば、成功だ。背骨が伸び、尻が自然にバランスを取る。レールは水を切りはじめ、ボードは右にターンしながら加速する。
しかし、少しでも速さを怖がると、体重が後ろに残って板だけが先に落ちていってしまう。そして、哀れな体は波にはじかれる。
進む先を見つめなきゃ。
太郎は学んだ事を確認するように滑る。
見つめる先にターンがあるんだ! 見つめなきゃ何も無い!
くり返すトップ・ターンがだんだん正確になっていくのが太郎にもわかった。
「手を水に入れてコントロールする」
これも、太郎が考えることのひとつだ。
日本でアルバイトをしていた店の窓には、サーフィンの世界大会のポスターが貼られていた。波を削り飛ばしてターンする若きチャンピオンの、躍動感あふれる写真が、そこには使われていた。右手を水の中につっこみ、それを遠心力の中心としてボードをまわす動きは、サーフィンを知らなかった太郎にも強い印象を与えた。
その仕草をまねてみたら、綺麗なターンが楽にできた。
これはいいぞ!
今度は、自分がチャンピオンになったつもりで大胆に弧を描こうとした。
しかし、形だけまねてみたところで、世界タイトル・ホルダーと初心者の溝がそう簡単に埋まるわけがない。腕を水に突き刺したとたんに、ボードが足から離れて波の背を越えて飛んでいった。
それから、何度も同じターンをしようと試みたのだが、一度だけの偶然は二度とおこらなかった。
ちぇっ。まねてもだめだ。できないものは、できないや。
皮肉なことに、そう思いはじめると、ターンが決まりはじめる。
自分のリズムで水を叩く。場合によっては、右手は水に触れなくても良い。腕を振る動作が体重の移動をやさしくする。重要なのは、方向を定めようとする意志なのだ。
「こっちに行く!」
という決断。その小さな決断の先に、加速の快感が待っている。
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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