民宿パコロロのゲートには、「メキシコの『パイプ・ライン』にようこそ」と英語で書かれた看板が。
太郎は、プエルト・エスコンディードにむかって砂浜を走りだした。踏み出す足が砂にめり込んで、速く走れない。白砂が足を取って、何度も何度もよろけた。よろけまいと力を込めていると、足が疲れて棒のようになってくる。ビーチ・ブレイクの大波も今日は目に入らなかった。
プエルトまで五キロは走ったろうか。
シカテラとマリネロの浜を分ける大きな岩も越えた。
どこに泊まってるんだろう?
マリネロは岩で両端を守られた小さな湾だ。シカテラの荒い波を避けるように、釣り船がたくさん浮かんでいる。その一艘を岸に引き上げている漁師に太郎は尋ねた。
「デンマーク人の女のひと三人組を知りませんか?」
「金持ちかい? ヒッピーかい?」
「うーん、どっちかなあ、若い人たちだけど」
「金持ちならあの豪華なホテル・サンタ・フェで、ヒッピーならパコロロだなあ」
「パカロロ?」
「パコロロだあ。あの丘の上の民宿だあ」
と漁師は、海岸に平行してそびえる丘の、草で覆われた断崖を指さした。そこには、崖にへばりつくように一軒の家が建っていた。
「グラシアス」
礼をのべると、太郎は全速力でパコロロの入り口へ走った。ゲートには、「メキシコの『パイプ・ライン』にようこそ」と英語で書かれた看板が掛かっている。急な石段がそこから始まっていた。
太郎は一気に長い階段を駆け登った。
ハアッ。ハアッ。
建物の前までたどり着いて大きく息をすると、シャツの下にどっと汗が吹き出た。
パコロロは二階建てで、上と下にそれぞれ部屋が五つはあるだろうか。太郎は三人がどこにいるのかわからない。
「ティーナ! リーナ! イーナ!」
太郎が叫ぶと、
「アップ・ヒーア」
と、のんびりした声が上から返ってきた。
上のベランダだ!
短い階段を上がると、二階はコンクリートの床がそのまま海に向かって突き出ていた。手すりなどなく、太平洋の眺めをさえぎるものは何も無い。柱につられたハンモックに丸まったり、散らばった白い椅子に脚を伸ばしたり、三人は海を朱に染めていく太陽をぼんやりと見ていた。
「パスティスでもいかが? この宿からの夕陽はメキシコで最高だって、ガイド・ブックに書いてあるわ」
リーナのくつろいだ声は、かえって太郎をせき立てた。
「ポリース、・・・、カミング」
あせった太郎の口をついて出てきた単語は、この二つだった。
それで、充分だった。
「オー、マイ、ゴーッド!」
女たちはあわてて飛び起きると、部屋から荷物を担いできた。
「急いで!」
太郎たちは裏口の戸からカレテラに出た。
国道の反対側は、メキシコ軍歩兵隊の基地だ。背の低い壁の向こうに、ライフルを構えた男たちが見える。その銃が自分たちを狙っているような気がして太郎は怖かった。
そこへ、荷台に幌をはった大きなトラックがプエルトの町の方から来るのが見えた。オアハカの田舎では、このトラックがバスなのだ。
四人はやって来たバスに飛び乗った。
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)