ラ・プンタにはレフト・ハンダーの波しかない。グーフィー、オンリー。ただ、左に行くのみ。
ラ・プンタにはレフト・ハンダーの波しかないといってよかった。ラ・プンタの波は、岬の中ほどにある大きな岩に当たって、浜から見ると、むかって左から右へ崩れていく。これは、うねりがどんな方向から入ってきても、まず変わることがなかった。ごくまれに、フリーキッシュなライト・ハンダーがインサイドよりも岸に近いところで割れることはあった。だが、あまりにも短いライドで、冗談で乗る以外あまり楽しみがいのある波ではなかった。
これは右利きの太郎にはすこし厄介だった。
なぜなら、野球の右バッターと同じ格好でボードに立つ太郎は、常に波のフェイスに背を向けてライドすることになるからだ。波に背を向けると、まず波の動きが見づらくなる。波のピラピラとしたトップがいつ崩れるのか、このサーファーの最大の関心事がわからなくては、波乗りができない。それから、常に波側に保って置かねばならない重心が、太郎の背中のほうにくるので、バランスが難しい。ラ・プンタのような向きの波をグーフィーと呼んで、毛嫌いして乗らない右利きのサーファーもいる、とピートが話してくれた。
テイク・オフできる確率が上がってきた太郎は、波に乗ってただまっすぐ行くだけなのが歯がゆくてならない。背中側である左に行けさえすれば、それまでの三倍は長くライドできる。ライドの長さは、サーファーの幸福の量なのだ。
「ピート、教えてよ。どうしたら左に曲がれるの?」
「体で曲げようとするんじゃない。ボードに曲がってもらうんだ」
砂の上で、ピートは何度も実際にやって見せてくれた。
「ボードに立ったら、腰を落として加速度をつけるんだ。波のボトムに来たら、尻を突き出すようにして重心を移動する。縁 が水を削って、ボトム・ターンだ。簡単さ」
簡単なのはわかってるよ! でも、その簡単なことができないから、頭にくるんじゃないか!
波の上の太郎は、体だけ左に向けて、まっすぐ滑るボードに惨めに立っている。
「発射台」からまっすぐ行くと、そこは岩だらけの浅瀬だ。まだまだボードは気持ちよく滑っているのに、浅瀬の手前でわざと倒れなければ岩に直撃だ。倒れるときも、腕で後頭部と顔を守ってと気を使わねばならない。
違うんだよ。こうじゃないんだよ。僕のサーフィンはもっとかっこいいんだ。頭の中のイメージと現実のギャップはなかなか埋まらない。
「曲がれなければ、曲がれないで、いいじゃないか。大切なのは楽しむことだ」
そうピートに言われて、太郎はいい事に気づいた。
曲がれないのなら、最初から斜めに乗ればいい!
テイク・オフするときに、太郎は右手をはなすタイミングを少し遅らせてみた。カールした波のフェイスを滑り落ちながら右手を引くと、左側のレールが波に食い込むではないか。すると、ボードははじめから左を向いて滑りだす。
これだよ!
太郎は嬉しくて、
「イー、ハー」
と声を上げた。
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キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)