メキシコ・シティーで、「死者の日」に、母親がチョコレートでできた骸骨を買ってきたことがあった。
朝日が高くなろうとしているのに、小さな小屋の中には蝋燭の灯がともっていた。イネスは「グアダアルペの処女」の前に立ち、なかなか動こうとしなかった。
「何かあったんですか?」
心配した太郎が尋ねた。
「なんでもないよ。今日は、ドメニコのサントの日さ」
イネスは、むすっとした声で答えた。
「弟を守ってくれる聖人のはずだったけどね。何をしてくれたのかねえ、・・・? ドメニコはもう死んじまった。だから、ビルヘン(グアダルペの処女)に愚痴を聞いてもらっていたのさ。お前のサントはいつだい、タロウ?」
「日本にはサントはありません」
「そうかい」
イネスは小屋を出て砂浜に立った。ラ・プンタの岩場を見ていた。
「お前には、会いたい人がいるかい、タロウよお?」
いるよ、いるに決まってる!
ただ、太郎はその名を口にしなかった。したくなかった。
「タロウは『死者の日』を知ってるか?」
「シー」
「死んだ人間が一年に一度会いに来る日だ」
太郎たち一家がまだメキシコ・シティーに住んでいるころ、母親のタエコがチョコレートでできた骸骨を買ってきたことがあった。二人でお供えを準備して、父親の帰りを待った。
父親はいつも通り六時過ぎに帰宅して、その飾りつけをほめてくれた。そして、夕食を食べながら、灯籠を川に流す故郷のお盆の美しさを語った。
・・・。
「アタシは『死者の日』が待ち遠しいよ。ドメニコと話すことがいっぱいあるんだ」
「『死者の日』には、生きてる人には会えないんでしょうか?」
イネスに並んで海を見ていた太郎がきいた。
はっと振り返って、背の低い女が太郎を見上げた。優しい眼差しが、太郎の瞳を見つめた。
オアハカ女は何でもお見通しだ、・・・。
と太郎は思った。自分の目尻が水っぽくなっているのを太郎は感じた。
イネスの太い腕がそっと伸びてきた。
「おお、タロウ。かわいそうに」
太郎はひざまづいて、女の頑丈な胸の中に顔をうずめた。
「イネス母ちゃん」
「泣きたいのなら、思いっきりお泣き」
太郎は泣かなかった。そのかわり、まわした腕に思いっきり力を込めた。
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キミの探すものは、ココにある!
コ、コレが欲しかったんだよ!
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小説「ソウル・サーフィン(セネガル・カサマンス州カップスキリング岬にて)」
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旅の準備も、晩ご飯も、届けてくれたら、ありがたい。(M)